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色欲のいりひ
第5章 おげんきですか
  8月28日。
 夏も終わりに近づいている。
 13時を少し回ったあたり。
 茉莉が到着し、俺の意見をすべて述べた。
 西日が来る前に行動に移したいこと、そして今日でサヨウナラをしてほしいこと。
 サヨウナラを告げたとき、茉莉の右目から一筋の涙がこぼれおちた。意外だった。まさか茉莉が涙を流すなんて。こんなろくでもないことをされたのにもかかわらず、茉莉は俺に対してわずかだが情が入っていたみたいだった…… 。
 俺も涙した。
 正座したまま両ひざに両手をつき、うつむきながら号泣した。ガキのように泣いた。涙が止まらなかった…… 。
 俺は東側、茉莉は西側に座っている。
 茉莉の背後の出窓からはオレンジ色の夕焼けがまぶしく光る。
 茉莉のはだけた両足が、俺の顔面に近づいてくる。
 その生暖かい足の裏の感触は、俺の欲求を刺激した。
 生臭い匂い。
 あの時嗅いだ匂いと同じだった…… 。
 そしてたっぷりと汗をかいた体で、俺を顔ごと強く抱きしめる。汗のぬるっとした感覚がたまらない。そして体位を入れ替え茉莉はヘッドロックをするように俺の顔をわきの下で挟んだ。べたつく、そして汗の匂いがする。興奮してきた。そして最後に唾液をたらす。吹きかけたり垂らしたり、それを伸ばしたりしながら、顔面を唾液まみれにしてくれた。感無量だった。これは動画ではない。いま現実に起きてる生の体験だ。
「ありがとう」
 そういうと茉莉は俺をやさしく解き放ち、そそくさとワンピースに着替えて音もなく俺の前から姿を消していった…… 。
 俺は茉莉を見つめることはできなかった。
 ずっとうつむいたままだった。
 ── 夜になった。
 もう2度と茉莉に会うことは無い。
 そう考えると、とても辛く、そしてとても悲しく思えた。
 きっとこれが、普通の人間の感覚なのだろう。
 俺もほんの少しだけ、人間らしくなったのだろう。
 ひとつ深い息を吐いて立ち上がった。
 そして暗い室内を、月明かりが照る方向へ進んだ。それは西日が差し込む出窓だった。その窓に俺の情けない顔が克明に映し出されていた。
「なぁお前。俺はお前だよな」
 俺は窓に映る情けない面をした奴に問うた。
「なぁ俺は、人間らしく生きることを許されたんだよな」
 さらに情けない面をした奴に話しかけた。
 するとスマホのメール受信機能のメロディが流れ始めた。
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