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色欲のいりひ
第5章 おげんきですか
 俺は勢いよく背後を振り向いた。
 畳の上に置いてあるスマホが点灯している。
 そのスマホを左手でとり、メール受信者の名前欄をみると茉莉からだった。
 受信BOXを確認する。
 受信BOXに届いていたのは、『S』の一文字。
 もうどうすることもできない絶体絶命の時だけに送ると、俺と茉莉のあいたで決めていた『S』のメッセージ。
 そのメッセージが届いた。
 出会って約1年。
 一度たりとも連絡をよこさなかった茉莉が、たった一度の『SOS』信号。
 これはただごとではない。
 急いで玄関に向かう。
 鍵もかけずに外にでる。 
 俺はそのまま走り出した。
 草履履きのまま一心不乱に走り、茉莉の自宅へと向かった。
 中通りの歩道を走る。
 時刻は夜の8時過ぎ。
 まだ人通りがある。
 車のヘッドライトも、ひっきりなしに通り過ぎる。
 正面に十字路の横断歩道が見え始めた。
「一気に渡れるか」
 俺は走る速度を上げたが、寸前で赤信号になってしまった。
 いつもなら信号無視をするのたが、今日に限って車や自転車、そして歩行者がたくさん往来する。
 急いでいる時に限って…… 。
 俺は横断歩道で立ち往生。
 早く青信号に変われ。
 一刻を争う時なのに……。
 信号機が青に変わる。
 対面に向かい全力で走る。
 横断歩道を渡り切り勾配のゆるい直線の坂道を下る。
 前後から歩行者や自転車に乗った人たちが、次々に押し寄せる。
 それをかき分けながら、歩くように走る。
 思ったように前に走れない。
 いらだちが募る。
 なんとか坂道を下り終えると、目の前に野川が見える。
 サヨナラをしたはずなのに……
 なんでこんなに夢中になってしまうんだ。
 川沿いを走り左手側にある橋を渡る。
 俺は躓き一回転をした。
 少し痛みはあったが構わず走る。
 人通りの少ない川沿いの道を街灯の明かりを頼りに突き進む。
 2本目の橋を通過したあたりで、俺は足を止めた。
「ここだ」
 俺は息を弾ませながら表札を確認すると、『板倉』と書かれてあった。
 呼び鈴を鳴らすが応答がない。
 仕方なくドアノブに右手を回すと鍵はかかっていなかった。
 ドアをあけ靴を脱ぎ中にはいる。

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