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レディー・マスケティアーズ
第3章 依頼 ――二か月後
 八月二十五日のことだ。
 地下鉄千代田線表参道駅に近いガラス張りのビル。真夏のこの時期、真新しい造りのビル全体が強い日差しを反射する巨大な鏡に見えた。
 その老婦人が、プレートに「トーホー開発」とあるそのビルのフロアに入った瞬間、受付に座っていた若い女子社員二人が、ぜんまい仕掛けの人形のように立ち上がった。
「いいのよ」と言わんばかりに、老婦人が小さく首を振る。それでも二人は直立不動の姿勢を崩さず、一人が内線電話に手を伸ばした。
 老婦人は大きなひさしの帽子をとって、ブロンズ像の前に置かれたソファに腰を下ろした。
 大きめのサングラスのせいで顔立ちは見て取れないが、淡いベージュのスーツはいかにも高価そうで、薄くカラーリングされた白髪もきれいにまとめられている。
「これは、これは、奥様。お約束もなく、こんな暑い中お見えになるとは思っておりませんでしたので」
 一分としないうちに現れた恰幅のいい男が、ぺこぺこと頭を下げる。首から下げたネームプレートには「人事部長 大泉」の肩書があった。
「奥様はやめてくださいな。今のわたしはただの一株主よ。しばらく日本を離れていたし、今日は近くに寄ったので、久しぶりに久保寺さんにご挨拶をと思っただけよ」
「何が一株主ですか。前社長の奥様ではございませんか。今すぐ、社長室にご案内いたしますので」
 ネームプレートが揺れるほどに体を折り曲げ、大泉は老婦人をエレベーターに案内した。
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