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レディー・マスケティアーズ
第3章 依頼 ――二か月後
 彼女の名前は塚越涼子。
 男との会話にあった通り、この会社「トーホー開発」の前社長であり、創業者であった初代社長、塚越謙一郎の未亡人である彼女は、夫の死後、取締役として一時社業に携わっていたが、番頭格だった当時専務の久保寺が社長になって一年経つと、一切の社の業務から手を引き、年に一度の株主総会に顔を出すくらいしかなかった。
「社長の久保寺にご挨拶を」と言った彼女は、本当に挨拶以外の要件がなかったようで、人事部長の大泉とともにエントランス階に戻ったのは、一時間としないうちだった。
「ありがとうございます。社長たちに、ヨーロッパのお土産までお持ちいただくなんて。それに、わたくしめにまでお心遣いをいただき、感謝の言葉もございません。光栄です」
 人事部長の大泉は相変わらず平身低頭で、額から汗を噴き出さんばかりにしている。
「それに奥様。わたくしのほうへの用件など、お電話で言いつけてくだされば済みましたのに。前社長夫人のご要望です。必ずやご期待通りに対処いたします」
「よかったわ。皆さんが、まだこんな年寄り女のことを覚えていてくださって。わがままを言って、ごめんなさいね」
 再び直立不動の姿勢で彼女を見送る受付嬢を背中に、塚越涼子はビルを出ると、一人タクシーに手を挙げた。
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