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官能小説家のリアル
第7章 溜息

◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
バーラウンジに来た二人は、飯野を見つけて席に着いた。
「相良直哉といいます。こんばんは」
緊張した面持ちの直哉が言うと、飯野はウイスキーのグラスを置いて頭を下げる。
「飯野薫と申します。以前、お会いしましたよね。みなみ先生の、マンションの前で」
「はい」
会話を聞きながら、美波は飯野が“先生”と呼ぶのを不思議に思った。プライベートでは“美波さん”と呼ぶと言っていのに。
「その時、分かりました。全て」
「え?」
二人共、“全て”という意味が分からなかった。
「みなみ先生には、待っていてくれる恋人がいらっしゃることと、僕の気持ちが……」
飯野に促され、直哉はビール。美波はカクテルを注文する。
美波はジュースにしようかと思ったが、飯野に「呑みながら聞いてください」と言われたせい。
「それを知る前、僕はみなみ先生に交際を申し込みました。すみませんでした」
飯野が、直哉に向かって頭を下げる。
「いえ。知らなかったんだから……。美波も、言ってなかったし……」
丁寧に謝られると、直哉は恐縮してしまう。
「僕には、妻がいました」
過去形なのに気付き、二人は視線を落とす飯野を見つめた。
「同い年で、26歳の時に結婚しました。幸せでした」
飯野がグラスに口をつける。
「呑みながら、聞いてください……」
また言われ、二人もグラスを傾ける。
「妻が亡くなったのは、30歳になった年です。癌で。若いせいで進行が早く、気付いた時には手遅れでした……」
美波は涙を堪える。泣けば、余計に飯野を悲しませると思ったから。
「去年の冬のイベントに、みなみ先生をスカウトに行きました。勿論、先に複数の作品を読んだので」
「え……。あれは、今年の夏……」
「はい。去年は、声がかけられませんでした。妻に、似ていて……」
二人が息を詰める。
「ですが。どうしても、みなみ先生に執筆して頂きたかった。改めて、今年の夏、声をかけました……」
文句くらい言ってやろうと思って来たが、直哉は何も言えなくなっていた。

