この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
はなむぐり
第8章 花に包まれる
二人で肩をくっつけて、手を合わせてから食べ始める。首筋にくっきりと残っている赤い痕を見るだけで満たされるが会話はなく、お椀と箸が当たる音と咀嚼音のみ。『おいしいよ』と言ったが『そう』と返ってくるだけ。梅干しが入ったおにぎりを食べながら窓の外に目を向けると、アパートの裏庭にある桜が今日になって咲いているのが見えた。
「何度目かな」
「え?何が?」
ひとりごとのつもりがやはり距離が近いせいか聞こえたようで、おにぎり片手に私の顔を覗き込んできた。
「何度目の春かなって」
「そんなこと思うんだ。智さんにとっては何度目なの?」
整った黒い眉を一切動かさず真剣に私の戯言に付き合ってくれる。
「初めてかな。こんなにはっきりと春だと感じられたのは」
「よかったね。私もだよ。こんなにあたたかいんだって。智さんの近くにいるといつもそう思うけど、今年は特に」
指についた米粒を丁寧に食べながら微笑み、正座していた脚を崩した。Tシャツの裾が少しだけめくれ上がり、片手で押さえながらおにぎりを食べている。横から見るとまつげの長さがよく分かり、頰を膨らませて食べる姿はあの頃のまま。
朝日が差し込む寝室は生活感に溢れているが、ふたり暮らしにはちょうどいい。
おいしいご飯をたらふく食べた私の腹は立派なもので、蜜樹に撫で回されてお臍に口づけをされてしまった。
食器が片づけられ、昨晩の衣類と敷き布団のカバーと掛け布団のカバーは洗っている途中で、洗濯機が終わるまで寝室で休むことになった。