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はなむぐり
第9章 はなむぐり
7月になり、本格的に夏になってきたと感じる。
駅の中にあるカフェで身体を冷やさないためにホットコーヒーを飲みながら、買い物を楽しむ人や小走りで通り過ぎるサラリーマンをガラス越しに見ていた。普段はめったに来ることがない街の中心部で、恋人を待っていた。私たちの町から快速電車で40分ほどで着くこの街は、駅の中にあるお店だけで全て揃うのではと思うぐらいの数で、学生時代にまだここまで発展していなかったとはいえ、当時の恋人と緊張しながら映画館へ出かけた日を思い出す。
ネクタイを締め直し、腕時計を確認すると18時過ぎ。そろそろだろうか。今週の金曜日の夜は街でご飯を食べようと誘われ、当然一緒に行くと思っていたのに、恋人のように待ち合わせをしてみたいと言った蜜樹。一人でいることに慣れない私はおいしいはずのコーヒーの味さえ感じないまま、早く蜜樹が来ることを願うばかりだった。
「すみません。お隣いいですか」
背後からかけられた予想もしない言葉に声も出ずに振り返ると、とてつもなく美しい恋人が立っていた。胸まで伸びた黒髪は緩く巻かれ、薔薇色の唇、緑色のノースリーブのレースのワンピースに黒いヒール、ワイン色のチェーンバッグ。もともとの魅力が最大限に生かされた格好に、私はすっかり何も知らなかった十代に戻っていた。