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蘇州の夜啼鳥
第1章 ランタンの月
「…シャオレイ…」
余りに激しい憤りを表す暁蕾に、片岡は面食らう。

「馴れ馴れしく呼ばないで!
貴方、最低だわ!
結婚しているのに、愛人を持つなんて!
何て卑怯なのよ!
…しかもそのひとと、ここに来ていたのね!
いけしゃあしゃあと私にガイドさせて!」
「そんなに怒ることか?
…君に何かを迷惑かけたか?」
片岡は両手を広げた。

「…最低…!
…ちょっとハンサムで優しいひとだなんて、思わなきゃ良かったわ!」
怒った時の癖なのか暁蕾はまた地団駄を踏んだ。
片岡は片眉を跳ね上げてにやりと笑った。
「へえ…。光栄だね。
そんな風に思ってくれていたなんて…」
暁蕾ははっと手で口を覆い、更に怒りを爆発させる。
「思ってないわよ!自惚れないで!貴方なんか…!」
後ずさる暁蕾の後ろに眼を遣り、片岡は思わず叫んだ。
「シャオレイ!後ろ…!」
慌てて引き止めようとする片岡の手をはねのける。
「来ないでよ!最低男!」
後ずさるのをやめない暁蕾に叫ぶ。
「止まりなさい!後ろ!柵がないんだって!」

…え?と暁蕾が振り返った時と、柵のない地面の芝に足を捕られ、なみなみと翡翠色の水を湛えた池に滑り落ちてゆくのはほぼ同時だった。
すんでのところで片岡は暁蕾の腕を掴み、落ちかかる暁蕾の身体を自分で庇うように抱き込んだ。
「危ない!」


…そうして派手な水音を立てながら、二人は中国一の名庭園の池に仲良く落ちていったのだった。
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