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蘇州の夜啼鳥
第1章 ランタンの月
…その時、廊下を通りかかった茶館の女将が片岡を感心したように眺めた。

片岡は深緑色のチャイナシャツに黒いラフなチャイナパンツという姿だ。
茶館の女将の息子とは背格好が同じだったのか、誂えたようにぴったりだった。

「おやおや、日本のターレンは漢服が良くお似合いだね。
…それに…随分と色男じゃないか!
まるで映画俳優みたいだよ。
あんたもそう思うだろう?」
「…さあ…」
仏頂面の暁蕾を、女将が肘でど突いた。
「さあじゃないよ。このお転婆娘!
このターレンがあんたを庇ってくれなきゃ、あんたは池の石に頭ぶつけて大怪我していたかもしれないんだよ?
…全く。ガイドがお客を池に突き落としてどうするんだい?」

しゅんとなった暁蕾が不憫で、片岡は明るく取りなした。
「マダム、私は大丈夫です。
少し気の早い寒中水泳ができましたよ。
それに…趣きある蘇州の温泉でお湯を使わせていただいて…旅の良い想い出が出来ました」
にこやかに笑って女将の手を取ると西洋式に口づけし、感謝を表した。
女将は小娘のように頰を赤らめ、上機嫌で言い放った。

「いい男だねえ!
…あんたたち、ここで飲茶をしてゆきな。
私の作る小籠包を食べてごらんな。
もうほかの店の小籠包なんか食べられなくなるくらいだよ!」
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