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蘇州の夜啼鳥
第1章 ランタンの月
「…は?」
女は美しい眉を顰め、怪訝そうに訊ね返した。
「…ああ、失礼。
…貴女が私の知人に良く似ていらしたので…」
…どうかしてる。
澄佳のはずがないのに…。
片岡は片頬を歪め苦笑いをする。
…澄佳は日本で暮らしているのだ。
幸せな結婚をして…愛する男と二人で…。

ふと女の口にした言語が流暢な日本語だと気づき、質問を重ねる。
「日本の方ですか?」
「いいえ」
間髪を入れずに硬い表情のまま否定された。
「これは度々失礼を…」
女は涼やかな瞳を真っ直ぐに片岡に当てた。
「ここは禁煙なんです。
煙草を吸いたいなら、あそこの茶館にでも行ってください」
白くほっそりした手が指差す先には、軒下に紅いランタンがぶら下がったレトロモダンな茶館が並んでいた。
山瑭街はさまざまな茶館が多いことでも有名なのだ。

…気の強い女だな…。
片岡はちらりと女を見遣る。
…けれど…良く似ている…。
思わず見間違えてしまったほどだ。

…そういえば昔、澄佳に注意されたな…。
澄佳の食堂で煙草に火をつけようとした時だ。
「ここは禁煙なんです。
煙草を吸うなら外に行ってください」
…まだ二十歳だった。
垢抜けない服装をして、化粧っ気もなくて…。
けれど澄佳は息を呑むほどに美しく、こちらがたじろぐほどに清潔で…眩しいくらいにきらきらと輝いていた。

…昔の話だ…。
片岡は首を振る。

…しかし、何の因果で日本から遠く離れた中国で…しかも想い出の地の蘇州で、澄佳に生き写しの女に遭遇するのだろうか…。

女は片岡の眼差しを跳ね返すように美しい瞳をきらりと光らせ、つんと顎を反らせると、そのまま通り過ぎようとした。

「待ってくれ」
…気がつくと、片岡は女を呼び止めていた。
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