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蘇州の夜啼鳥
第1章 ランタンの月
「…私の父親は、日本人なんです…」
片岡は思わず起き上がり、暁蕾の貌を凝視する。
「シャオレイ…」

「…私の母は十八の年に蘇州から日本に出稼ぎに来ていました。
神戸の大きな老舗の中華料理店で働いて…夜間は和裁の学校に通っていました。
日本の着物に憧れていたんです。
…それで…料理店の日本人の若社長に見染められて…て言ったら綺麗な言い方ですけど、手をつけられて…愛人になって…私が生まれました…」
淡々とした言葉の中に潜む暁蕾の哀しみが、微かに透けて見える。。

片岡の胸は、鋭い短剣が突き刺さったように激しく痛んだ。

「…それで…しばらく母は神戸で囲われていたんですけれど、父親が華僑のお嬢さんと結婚することになって、母は私を連れて中国に帰国したんです。
…体良く追い払われたのよ。
結婚するのに近くに愛人と子どもがいたらまずいから…て。
…ギリギリの生活費と養育費をもらって…。
母はそれでも父親を信じていたわ」
暁蕾の長い睫毛が震える。

「…私に日本語を教えたのは母…。
いつか日本に行った時、シャオレイがパァパにちゃんとご挨拶できるようにね…。
ちゃんと綺麗な日本語でお話したら、パァパはきっと喜ぶわ…て。
母は馬鹿みたいに素直で人を疑うことを知らなかったわ…。
いつか父親が、自分と私をまた日本に呼び寄せてくれると信じていたのよ。
…母は…父親を愛していたの…。
馬鹿みたい。
自分を愛人にして、捨てた男を…ずっと愛していたのよ…」
「…シャオレイ…」
ブランケットを掴む暁蕾の白い手が幽かに震えていた。

片岡は思わずその手を握りしめる。
暁蕾の言葉は宛ら合わせ鏡のように、炙り出すように片岡を映し出した。
暁蕾がなぜあんなにも自分に怒りを向けたのか、初めて分かったのだ。
…俺の話を聞いた暁蕾は、一体どんな気持ちでいたのだろう…。
己れの浅はかさを、片岡は激しく恥じた。

暁蕾は、片岡の手を拒まなかった。
その白く華奢な指を、そっと片岡のそれに絡ませた。
…そこには、暁蕾の遣る瀬ない…途方も無い哀しみが静かに滲んでいた。





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