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夜明けまでのセレナーデ
第6章 Le Fantôme de l'Opéra
…終戦後間も無く、二人はまるで駆け落ちするかのようにフランスに渡った。

敗戦後の日本は大混乱を極めていた。
幸い、速水は戦争裁判に巻き込まれずに済んだ。
戦時中の憲兵隊本部での人道的な活動が、GHQに高く評価されたのだ。
しかし、彼は貿易商の父親に家業を継ぐように迫られていた。

瑞葉もまた、大きな変化に見舞われた。
実家の篠宮家は、弟・和葉の戦死により跡継ぎを失い、家名と財産存続の危機に見舞われていた。
敗戦後、日本は華族制度が廃止され、篠宮家は一般市民へとその身分を変化させられた。
後継者がいないと財産は没収させられ、GHQに屋敷を提供しなくてはならない。
…するとある日、何年も音沙汰のなかった母親の千賀子が、突然二人の住まいを訪れ、家に戻るように懇願したのだ。

「瑞葉さん。お願い。
貴方が篠宮家の跡を継いで下さらないと、お家取り潰しになるの。
それだけじゃないわ。財産も全て没収よ。
私たちの財産が全て無くなってしまうの!」

薫子は終戦の少し前に亡くなっていた。
だから千賀子は、篠宮家の女主人の座に執着したのだ。

瑞葉は、怒りを抑えながら、淡々と答えた。

「…お母様…。
よくもそんな恥知らずなことが仰れますね…。
…僕には…篠宮家の血が一滴も流れてはいないのに…」

千賀子の美しいがどこか理知的さと品位に欠ける貌が引き攣った。

「…僕は、お母様の不義の子どもでしょう。
そんな僕が篠宮家の後継者になれるはずがありません」
「瑞葉さん!待って…私の話を聞いて…!」
慌てて追い縋る千賀子に、瑞葉は叫んだ。

「お帰りください。お母様。
僕は二度とあの家には戻りません。
…ご機嫌よう。お母様」

千賀子が帰ったあと、速水が瑞葉を優しく抱きしめ、言った。
「…瑞葉さん。ずっと考えていたことです。
一緒に、フランスに渡りましょう。
私のフランス人の友人がパリで法律事務所を開いているのです。
私にこちらに来ないかと声をかけてくれています。
…僕と一緒に、新しい人生を始めてみませんか?」
「…速水さん…」
美しいエメラルドの瞳を見張る瑞葉に、速水は照れたように付け加えた。
「…一応、プロポーズのつもりです…」

「…速水さん…」
…返事の代わりに、瑞葉は微笑みながらキスを与えた。




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