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夜明けまでのセレナーデ
第8章 新たなる運命
…長かった戦争が終わった。
呆気なく…と言ったら、戦争により疲弊した多くの人々に無神経なと怒られるのだろう。

この国は、少し前にアメリカの新型爆弾の凄まじい攻撃を二度も受けていた。
東京の下町も火の海と化した。
多くの人と様々なものが無情に失われた。
激しくなる空襲に、一日の大半を学院の防空壕で過ごした日々も数限りなくあった。
死と隣り合わせの現実を、生きてきた。

けれど、薫の印象は呆気なく…だった。

暑い暑い夏のある日…。
紳一郎に執務室に連れてこられ、薫はドイツ製のラジオから流れる陛下の玉音放送を聴かされた。

聞き覚えのある陛下の声は、無機質で…その感情を窺い知ることはできなかった。

…日本の無条件降伏…。
信じられなかった。





…陛下には一度だけお会いしたことがあった。
星南学院女子部の在校生だった末の姫宮の馬術大会にお忍びで臨席されていたのだ。

学院長に紹介され、挨拶をした。
「…君が光の息子か…」
懐かしそうに眼を細められた。
「…光には小さな頃、馬場で偶然に会ったのだよ。
私の馬の扱いが気に入らなかったのか、いきなり文句を言われてね。
随分こっ酷く、叱られた」
「…あ…も、申し訳ありません…」
…なんで大昔のお母様の不始末を僕が謝らなきゃならないんだ。
薫は恐縮しながらも、心の中で母に毒づいた。

陛下は楽しげに笑われたのち、そっと付け加えた。
「…光は私の初恋のひとだったのだよ。
…縣男爵には内緒だ…」
見上げた陛下の瞳には、少年のように初々しい含羞の色があった。

…その陛下の胸中を慮ると、薫の胸は酷く痛んだ。
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