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夜明けまでのセレナーデ
第8章 新たなる運命
礼也の瞳が穏やかに薫を見つめたのち、ゆっくりとエントランスのホールを見渡した。
「…貴族制度がなくなり、我が家の財産も殆ど米国に没収されるだろう。
貴族の邸宅は没収され、GHQの高級将校の私邸や彼らのサロンに使われるという話もある。
…この屋敷もどうなるか分からない」
「…そう…なんですか…」
…この家が無くなる…。
生まれたときからずっと過ごしていたこの家が…。
信じられない想いに、言葉が出ない。

「けれど私はそれに甘んじるつもりはない」
きっぱりと言い切った礼也に、はっと視線を上げる。

礼也は逞しくも美しい背中を見せながら、大階段の手摺りを握りしめた。
「私はこの家の当主だ。
この屋敷を…家族を、使用人を守る義務がある。
私はお前たちに貧しく惨めな思いをさせるつもりは毛頭ない。
これからも我が家で働きたいと願う使用人がいるなら、喜んで迎え入れたい。
…この屋敷を…お祖父様が心血注いだこの屋敷を、あんな愚かしい戦争と、美しく素晴らしい歴史ある日本の何たるかも解らぬアメリカ如きに奪われるわけにはいかないのだよ」
「父様…!」

父の慕わしくも頼もしい背中が振り返る。
毅然としつつも穏やかな笑みを称えたその貌は、かつて夜会やお茶会で様々な来賓の前に立ち、それらの人々を魅了した…そのものであった。

「私は身分は貴族でなくなっても、精神は貴族でいたいのだよ」
凛としたその言葉に、薫の胸には雷に撃たれたような衝撃が走った。

…そこには、強く逞しく…何よりも尊い貴族の矜持をしっかりと携えた成熟した気高い男の姿があった。

「…父様…!」
…やっぱり、父様には敵わない…。
どこまでも高く眩しい理想を掲げた素晴らしいひとだ…。

「…父様…。
僕は父様を誇りに思います」

感極まった薫の言葉に、礼也はその人好きのする端正な瞳を細めた。
「ありがとう、薫…」

…そうして…

「…荒くれ炭鉱夫の血筋の意地…かな」
悪戯めいて笑ったのだ。
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