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夜明けまでのセレナーデ
第2章 礼拝堂の夜想曲
空襲警報が止んだ翌日、薫は久々に外に出た。
飯倉の暁人の母、絢子を訪ねるためだ。
民間人の自家用車の使用は夥しく制限されている。
何処に出かけるのも自家用車で送迎してもらっていた薫だが、最近は慣れない乗り合いバスや省線を使わざるを得なかった。

松濤から飯倉はそう遠くはない。大嫌いな混み合う乗り合いバスを避けて、薫は徒歩で大紋邸に辿り着いた。

呼び鈴を鳴らすとすぐさま玄関に現れた顔見知りの家政婦から取り次がれ、向かった居間の重厚な革張りのソファに絢子は座っていた。
…絢子は白いレースのシルクのブラウスに濃紺のロングスカートという地味ではあるが質の良い洋服を身に付けていた。
父親を元国務大臣に持つ子爵令嬢だった絢子からは、このような厳しく暗い戦時中でも、澄んだ品位と優美さが漂っていた。
傍らにはその絢子を気遣うかのように大紋春馬が寄り添っていた。

どんな時でもきちんと自ら客を迎える礼儀正しい絢子が、ソファに座ったままとは珍しいな…と思い、薫は息を呑んだ。
…明らかに前回会った時より絢子は酷く窶れ、弱々しく見えたのだ。
「薫さん…!よくいらしてくださったわね」
それでも嬉しげに笑みを浮かべ、薫に白くほっそりとした手を差し出す絢子に薫は丁寧に握り締め、その甲に敬愛のキスをした。
「絢子小母様、ご無沙汰しております。
…お元気そうで…何よりです…」

絢子は寂しげに笑った。
「…みっともないくらいに痩せてしまったでしょう?
なんだか力が湧かなくて…。
情けないわね…。こんなことじゃ、暁人さんに心配かけてしまうわね…」
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