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夜明けまでのセレナーデ
第10章 僕の運命のひと
「…十市は、捕虜になっていたロシアの抑留地から脱走したんだ。
途中、地雷を踏んで片腕を失った。
たまたま気を失っている十市を発見してくれたのが、その村の医者で九死に一生を得た。
…十市は半年以上、生死の境を彷徨っていたらしい…」

紳一郎は傍らの男を愛おしむように見つめ、手を重ねた。
…褐色の筋肉質な大きな手に、白く華奢な手が絡められ…昼間だと言うのに微かに淫靡な雰囲気が漂いだす。
薫は思わず眼を逸らす。

「そこから村人のカンパを受けて、国境の町まで辿り着き、ようやく引き揚げ船に乗れたそうだ」

「…そうだったんですね…」
…十市は奇跡的に助かったのか…と思うと、薫の心は沈み込む。
それを察したかのように、十市が静かに口を開いた。

「…ロシアに抑留されている日本の高級将校はたくさんいます。
…俺はこの見た目だから、逃げるのにあまり苦労はなかったですが、暁人様のように純粋な日本人将校は監視も厳しい。
…解放されるまでまだ少し時間がかかるのかもしれません。
けれど、高級将校への扱いは手厚いと聞いています。
無下に扱われたりはしていないはずです」

訥々とした話し方だが、人柄の温かさがじんわりと伝わってきた。

紳一郎のもう片方の手が、薫の肩に優しく置かれた。
「だから薫。
暁人もきっと今、必死で日本に帰国しようとしてるに違いない。
暁人は絶対に生きている。
十市が生きて帰れたんだ。
暁人も必ず生きて帰れる。間違いない」

京雛のような切れ長の瞳が必死に薫を見つめる。
肩に置かれた紳一郎の手のひらから、優しさと励ましが伝わってくる。

「…紳一郎さん…。ありがとうございます」

薫は唇を引き結ぶと、頭を真っ直ぐに上げた。
そうして、神に誓うかのように宣言した。

「はい。暁人は生きています。
僕は信じています。
信じて、いつまでも暁人を待ち続けます」

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