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夜明けまでのセレナーデ
第10章 僕の運命のひと
部屋を出ると廊下を忙しそうに…けれど楽しげにきびきびと立働く梅琳と擦れ違う。

「メイリン。
…来月、中国に帰るって本当?」
声を掛けると、梅琳が嬉しそうに瞳を輝かせた。
「はい。ようやく国交が回復して中国に帰国することが許されたのです。
故郷の蘇州にいる年老いた両親に、早く元気な貌を見せたいのです」
「…そうか…。そうだよね。
メイリン、ずっと一人で日本で頑張ってきたもんね」
しみじみ呟くと、梅琳は利発そうな涼やかな瞳を瞬かせ、首を振った。
「いいえ。私は決して一人ではありませんでした。
旦那様と奥様と薫様や菫様そして泉さんと…たくさんの温かな方々がいつも私に寄り添ってくださり、助けてくださりました。
私はこのお屋敷にお世話になれて、本当に幸せでした。
私は、日本で一番幸せな中国人です」

「…メイリン。泣かせるようなこと、言わないでよ…」
言葉を詰まらせ、薫は梅琳を抱きしめた。
…まるで年の近い姉のように、梅琳には心を許していたのだ。
光と諍いがあったときに、さり気なく庇ってくれたり、手作りの美味しい中華菓子をそっと差し入れしてくれたのも梅琳だ。

「…幸せに、なってね。メイリン」
優しくて賢い梅琳は、きっと祖国で強く明るく生きて行くことだろう。
「はい。ありがとうございます。
私、蘇州で必ず茶館と旅館を開きます。
そうして、困っている日本人の方がいらしたら、親切にしたいです。
…私が旦那様や奥様にしていただいた恩返しをしたいんです」
「メイリンなら、きっとできるよ」
梅琳が薫を見上げ、そっと優しく囁いた。
「薫様。いつか必ず、暁人様と蘇州にいらしてください。
蘇州は東洋のベニスと言われているとても綺麗なところです。
…お二人でご旅行にいらしてください」

暁人の生存を疑わない朗らかな言葉に薫は胸が一杯になり、梅琳を強く抱き締めた。

「ありがとう、梅琳。
必ず、二人で行くよ。
それまで元気でいてね。
ツァイチェン、メイリン」





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