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夜明けまでのセレナーデ
第10章 僕の運命のひと
…庭園の奥は、縣家自慢の薔薇園だ。
五月になると、見頃を迎えるイングリッシュローズの生け垣が広がっているのだ。

けれど今は蕾すらなく、静かに白い雪がその上に降り積もっている。

…暁人と、よくこの庭で雪合戦したな…。

幼い頃の想い出は、全て暁人に繋がっている。
生まれて間もなく、兄弟のように仲睦まじく過ごしてきたのだから…。

…もっとも、僕は暁人に我儘ばかり言ってたけれど…。
小さく笑う。

どれだけ我儘を言っても、甘えても、暁人は嫌な貌一つしなかった。

「いいよ、薫。薫がそうしたいなら…」
静かに笑うそのさまに、自分はいつも甘え切っていたのだ。

今となると、それらの全てを詫びたい気持ちで一杯だ。

…でも…。

しんしんと降り積もる雪を振り仰ぎ、薫は唇を噛みしめる。

「…謝りたいのに…!
お前は…いつになったら帰ってくるんだよ…!
馬鹿!暁人の馬鹿!」
中空に叫び、頰に伝う涙を拭う。


…その時…
薔薇の生け垣がざわりと揺れ動き、黒い人影が薫の目の前に現れた。

「…ごめん。薫。随分待たせてしまったね」

…懐かしい声が夢のように聞こえ、薫は息を飲んだ。

心臓が破裂しそうに激しく鼓動を立てる。

…信じられない…。
まさか…
まさか…

薫は眦が張りさけんばかりに、見開いた。

…雲の間から、月がその姿を現した。

清かな月の光に、男の貌が柔らかく照らし出される。

…長めの黒髪…なめらかな肌…頰が削げたように引き締まり、精悍な面差しへと変わっていたが、その切れ長の瞳…高い形の良い鼻梁、上品な唇は…

「…あ、暁人…!?
お前…なのか…⁈」
掠れた小さな声が、ようやく喉の奥から絞り出された。

「…そうだよ。僕だ。薫…!」
以前と少しも変わらぬ優しい瞳が細められ、その長い腕が薫へと広げられた。

「ただいま。薫」

「…暁…人!暁人!」

喘ぐように叫び、薫はその胸に飛び込んだ。
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