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幻の果てに……
第2章  思案


「いらっしゃいませ」
 黒服の顔は覚えていないが、同じような落ち着いた声。
 料金を払いカウンタ―に座ると、カクテルを頼んだ。
 この前の翔に聞いたが、この店はラブホテルも経営しているそうだ。
 入店料が高いのはそのせい。
 男女合わせたら六万円。
 チケットを受け取ってカップルで店を出れば、そのラブホテルが二時間無料になる。
 つまり、私はホテル代の半分を払っているということ。
 店とホテルも儲かり、私達はセックスの相手を探す。誰も違法にならない、合理的なやり方。
 私は、自分の意思で勝手にここへ来ている。
 週末のせいで、店内は混んでいた。
 こんなにも、相手を求める男女が多いなんて。
 店名も出していない店。静香が私を連れて来たように、口コミなどでも広がっていくのだろう。
 今日気付いたが、二十歳未満入店禁止という札が貼ってあった。
 成人しているなら、自分で責任を持てという意味だろう。
 隣に座っていた女性が、声をかけられている。
 少し話すと、テーブル席へ移っていった。
 彼女は、その相手とこれからセックスをする。何故か、傍観者のような思い。自分だって、声をかけられるのを待っていのに。
 でも、今なら間に合う。
 ここへ来る時も、足取りは重かった。
 もう来てはいけない場所。そう思ったはずなのに。
 帰ろうか。
 家へ戻り、この店のことは忘れればいい。
「こんばんは」
 その声に振り向いた。
 30代だろうか。小太りだが、身長は高め。
「隣、いいですか? 恭介(きょうすけ)といいます」
 その名前も、偽名かもしれない。
 でもセックス中に呼ばれるなら、本当の名前がいい。
「どうぞ。梨央です……」
「結婚してるんですよね?」
 恭介が、グラスを持った左手を覗き込んでくる。
 薬指に指輪はしたまま。本当に相手を好きになっての不倫なら、指輪は外すだろう。でもここでは、一夜限りの出会い。
 見ると、恭介も左手の薬指に指輪をしていた。
 その方が安心出来る。
 これは、恋愛でも不倫でもない。
 お互いに家庭は守り、その時だけの解消相手。
 別れれば、現実へ戻る。


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