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幻の果てに……
第1章 誘惑
店内で、何かされることはないだろう。他の客達も男女向かい合って呑んでいるが、いやらしいことをしているわけじゃない。
そう思いながら、和彦の向かいへ座った。
「この店のことを、知らずに来たんですか?」
「え……。はい……」
私は、静香に連れて来られただけ。
看板もないような店は怪しいと思ったが、静香が一緒だからと少し安心していたところもある。
「ここは、出会いを求める場所ですよ?」
「えっ?」
耳を疑った。
独身なら、出会いを求めても構わないだろう。でも、私も静香も結婚している。勘違いされては困ると思った。
「あの……。私……」
「ご結婚されてるんですよね?」
和彦に、左手を見つめられた。薬指には指輪をしている。
そんなことは、小説やドラマの中の世界だと思っていた。
「みんな、そういう人ばかりですよ。ここへ来るのは」
言葉が出ない。
ここにいる全員が既婚者で、出会いを求めるために来ている。大人になっての出会いといえば、目的は決まっているだろう。
「秘密は、守りますから。僕も、自分の家庭を壊す気はありませんし」
何故か鼓動が速まる。
夫とセックスをしたのは、単身赴任から戻った三ヶ月前。
夫婦が、どれくらいの頻度でセックスをするのかは知らない。人に訊けることじゃないし。
「出ませんか? 他で呑みません?」
誘われている?
でも今は、夫以外となんて考えられなかった。
それは、道徳に反するから。
ずっと普通に生きてきた。静香には、それを真面目過ぎると言われたこともある。
「行きましょう。呑みに」
私が考えすぎなのかもしれない。
和彦が誘っているのは、別の場所で呑むこと。
優しげな面持ちと紳士的な態度に、それくらいならと思ってしまった。
でもそれなら、静香が一緒の方がいい。そう思って静香のいたテーブルの方を見ると、男と腕を組んで歩いてくる。
軽く手を振られ、二人は店を出て行ってしまった。
「お友達ですか? 慣れてるみたいですね」
和彦が低く笑う。
「僕達も行きましょうか」
和彦に言われるまま、私も自然と店を出ていた。