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幻の果てに……
第1章  誘惑


 ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆


『梨央の相手、結構イケメンだったじゃん』
 翌日静香に電話すると、そんな第一声。
「静香は、よく行くの? あの店……」
『んー。たまにかな。だって、ダンナだけじゃ、つまんないでしょ?』
 軽く言われると、不思議な気持ちになる。
 結婚したなら、セックスは夫とだけするもの。それが一般常識。
『ウチのダンナ、下手なんだもん。付き合ってた頃は、もっと丁寧だったのに』
 静香の大学時代からの恋人は、何人か知っている。でも決して静香本人は男にだらしなくはなかった。
 他愛ない話をしてから通話を切り、ソファーへ座る。
 考えてみれば、私は昨夜凄いことをしてしまった。夫が長く留守をしているとはいえ、他の、会ったばかりの男性とセックスするなんて。
 私はそんな女じゃないのに。
 そう思っても、事実は事実。
 夫と以上に乱れ、いやらしい言葉も口にした。
 生活に、不満は無い。
 夫は平均以上の給料を貰うし、振り込みもちゃんとしてくれる。そんな夫を、裏切ってしまった。
 子供がいないのだって、夫の責任じゃない。調べてはいないが、私に何かあるのかもしれないし。
 昨夜、和彦とは連絡先を交換しなかった。
 セックスが終われば目が覚め、後悔に苛まれたから。
 夫には、絶対に知られてはいけない。でも私が言わなければ、バレることはないだろう。
 昨夜は、一夜限りの幻。
 壁のカレンダーを見ると、夫が戻るのは一ヶ月も先。
 今すぐ会えば不自然な態度になってしまうかもしれないが、一ヶ月も経てば忘れられる。
 あれは、夢だったと。
 そう信じるしかなかった。


 ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆


 一週間して、私は繁華街にいる。
 今日は一人。
 どうして、来てしまったんだろう。
 近くのファストフード店へ入ると、恋人らしき若者が楽しそうに話している。
 私にも、あんな頃があった。
 ただ話しているだけで楽しくて。時を忘れるくらいに。この人となら、ずっと一緒にいたい。そんな思いで結婚した。
 でも今の私は、広い家に一人切り。
 それが凄く淋しかった。
 二十代の子から見ても、私はもうオバサン。



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