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幻の果てに……
第1章 誘惑
手に職も無い専業主婦。
離婚したいとは思わないが、夫だって赴任先で浮気しているかもしれない。
家庭に支障がなければ、構わないと思っていた。
まだ残っている飲み物をゴミ箱へ入れ、店を出る。
向かったのは、あの路地。
路地までは覚えているが、はっきりとした場所は分からない。先週は、静香に付いて行っただけ。
「あ……」
提灯が少し破れた居酒屋。確か、ここを曲がった。次は確か、黒猫のイラストが描かれた看板の所。可愛いイラストだったから、覚えている。
どうしてか、段々と速足になっていく。
鼓動が高鳴る理由も、分からなかった。
間口の狭い、看板の無い店へ着く。
つい、辺りを窺った。
こんな場所に、静香以外の知り合いがいるわけがないのに。
立ち止まってしまったが、その方が不審だろう。
思い切ってドアを開け、店内へ入った。
速足だった時よりも、鼓動が早くなっている。
今なら、まだ引き返せるとも思った。
「いらっしゃいませ」
黒服に迎えられ、震える手で料金を払う。
ざっと店内を見回すと、静香はいない。それで少し安心した。
一人で、こんな店へ来るなんて。一週間前は、もうやめようと思っていた。
一夜限りの幻。そう考えたはずなのに。
カウンターへ座り、カクテルを注文する。
初めての時は分からなかったが、飲み物の代金は入店料に含まれているらしい。この前、最後に会計はなかった。
ここがどんな場所か、もう知っている。それなのに、自然と足が向いてしまった。
カウンターには、数人の女性客。
自分だけじゃないと思うと、また安心する。
「隣、いい?」
声をかけてきた青年を見た。
私より、年下だろう。派手な柄のトレーナーに、耳にはいくつものピアス。
「はい……」
取り敢えず、話をしてみたかった。
ホステスじゃないんだから、私にも拒否権はあるはず。
青年のカクテルと乾杯した。
「オレ、翔(しょう)」
「結婚してるんだよね? 指輪してるから。オレ、人妻が好きなんだよね」
その台詞は、翔は独身だという意味だろう。