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狼に囚われた姫君の閨房録
第29章 近藤勇、狙撃
粉雪が降る日、父と総司は大阪城に移送された。
私も駕籠で大阪城に入った。雪を被いた大阪城は雄々しく、巨大であった。
居室で私は外を眺めていた。空から舞い落ちる風花が屋根瓦に落ちては消えた。
「容保様、慶喜将軍のお渡りでございます」
次の間で、侍女の声がした。御簾の向こう側に二人の男性が佇んでいる。
私は急いで下座に行くと、手をつかえた。
「ようこそ、お渡りあそばしました。上様、容保様には、ご機嫌も麗しゅうあらせられ……」
「堅苦しい挨拶はよせ」
上座に座りながら、慶喜は笑った。三十歳。十二月五日に征夷大将軍に任ぜられたばかりだ。
「そなたと我らの仲であろう」
「もったいないお言葉……」
実父の井伊直弼は安政の大獄の折、慶喜の父・水戸斉昭に永蟄居を命じた。
斉昭が逝去したのは、桜田門外の変からわずか数ヶ月後。まるで、父の後を追うように亡くなったのである。
「先程、近藤と沖田を見舞ってきた。初めて会ったが、なかなかの面構えであったわ」
慶喜公が言うと、容保様が苦笑した。
「俺が見込んだ男たちだからな。最初は狼みたいな連中で、どうなることかと思ったが」
「新選組の勇名は水戸にも轟いていたぞ。かなりの働きだったそうな」 
慶喜公と容保様の仲の良さは有名だ。またいとこの間柄。激しい気性同士、馬が合うらしい。
「その局長も今は病臥中だ。そちも、さぞ心痛であろう?」
慶喜公の問いに、私は手をつかえたまま頷いた。絶対安静なので、私は会うことも叶わない。
「今宵の伽をその方に申しつける」
「おい、将軍。こんな時に……」
容保様が言うのを、慶喜公は手で制した。
「このような時だからこそだ。気を紛らせた方が、あれこれ考えずにすむ」
これは慶喜なりの気遣いなのだ。ありがたくお受けしよう。
「お伽を務めさせていただきまする」
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