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片時雨を抱きしめて
第4章 第四章 痺れ
先生と暮らし始めて三か月がたった。

その日は珍しく先生の帰りがはやい金曜日で、私は手料理を振る舞った。

「綿谷は本当に料理がうまいよな」
そういって食器を下げた帰りに、その言葉に合わせた行動を取ろうとしたのだろうか。
生徒と先生として、あるいは友好な同居人として、そのふるまいは違和感のないものだった。
それでも先生は、
その振る舞いの途中、その一瞬、迷いを浮かべて、

手を、おろした。

ああ、そうか。そうなのか。私たちは、先生と生徒の振りをし続けている。あるいは、分別のある同居人の振りをし続けている。
自分の中で、

なにかはじける。
「なんで、触ってくれないの」
「え?」
「私、先生にさわられたいのに」
「昔みたいに、
____________あの時みたいに、」
先生の顔が来るそうにゆがむ。私たちはなにもはなさずにきた。あの日のことは。


「綿谷、」

先生の顔を、うまくみられない。普通にしたいのに、できない。
あの日のことを話せば、あの日のことを思い出せば、普通になんか、できるわけない。
だって、あの日私は先生に、

かんがえないようにしていた記憶、もう一度脳内で再生してしまえば、もう忘れられなくなる。このまま思い出さなければ、一晩の夢だと、夢だったと自分に言い聞かせられると思ったのに。

「綿谷、おれ、綿谷にちゃんと言わんとだめやったな」

先生の顔がみられないのに、その表情が安易に想像できる。苦しく、後悔に満ちた顔。

「あの日、ほんとに、」
ほんとに、ごめん。

枯れた低い声が、リビングの壁に吸い込まれる。その謝罪の言葉の重みが、先生が背負う苦しみを表しているように思った。

顔をあげると、先生と目が合う。先生の目の中の私は、ひどい顔していた。視線を滑らすと、
先生のまつげと、その肌のなめらかさと、自分と同じに香る髪がみえる。近い。近い距離に、先生がいる。
この状況に不謹慎なほど、私は、

苦しみ喘ぎながら私への謝罪を口にする先生が、色っぽくて、
この人の表情のゆがみが私の体の奥に熱をともす。

この人を、困らせたい。


_______先生の困った顔がもっと見たい。



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