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嘘の数だけ素顔のままで
第2章 去勢【1】
 しない訳じゃないですけど、

「いまいくつだっけ?」

「それ聞くの初めてじゃないですか」

「だっけ?」

「で、いくつ?」

 二十七です、

「まだまだ若い若い」

「だいじょうぶですよ」

「何がだいじょうぶなのよ」

 女ども二人がお互いに耳打ちをした。コトブキにはいやな予感しかない。質問されたくないことが山ほどあった。


「コトブキくんって、もしかして童貞ですかってタナカさんが聞いてまーす」

 女十二人の視線が一斉に上座の方に向けられた。それこそ『バッ!』という擬音さえ聞こえてきそうな勢いだった。


 コトブキは額まで赤くなったに違いない、と思って一気に飯をかき込んだ。女たちは箸を止めてまだこっちを見ている。コトブキ待ちであることは避けられなかった。


 違いますよ、

「ほうら、やっぱり違うじゃない」

「タナカさんが言ったんじゃないですかー」

 どこか残念そうな雰囲気が場に漂い始め、皆思い出したように箸を動かした。


 誰かが、二十七で童貞で実家住まいだったらキモくないですかー、と言ったのを聞いて、コトブキはアレで正解だったんだと胸を撫でおろした。


「彼女と別れてどのぐらいですか?」

 コトブキは返事に詰まった。記憶の中で自分の年齢と複雑な職歴を照らし合わせた。


 四年ぐらいです、

「何で別れたの?」

 コトブキはまたどもった。頭の中で架空の彼女をつくりだす時間がなかったからだ。


 自然消滅というか、

「遠距離恋愛ですか?」

 遠距離恋愛? 想定外の問いにその固有名詞が頭の中でぐるぐる回った。


 そういう訳じゃないですけど、

 気づくと、場が再び静まり返っていた。コトブキは架空の彼女を想像しようとするけれど、どういう訳か、警備保障会社にいた男のような女の顔しか思い浮かばなかった。


 職場の人ですけど、

「職場の人と付き合って自然消滅っておかしくない?」

「だよね」

 コトブキはこめかみの辺りが熱くなってきたのを感じた。次に瞼が痙攣しだすと、瞳を涙の膜が薄く覆った。この状況をもし抜け出せるのなら、あの男のような女が元カノでもいいとさえ思えた。


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