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嘘の数だけ素顔のままで
第2章 去勢【1】
「タナカさんが不倫の経験あるってゆってまーす」

「なんでいうのよ!」

 タカナから首を絞められた女が、職場でエッチとかしましたか、ってタナカさんが聞いてまーす、そう言ってきた。


 場が恐ろしくシンとなった。


 皆がコトブキを見ている。


 コトブキは、今度ばかりはどもることさえできなかった。すると、よく声のとおるあの女が、手をマイクの形にさせてコトブキの方に向けてきた。


 うめきにも似た声でコトブキが口ごもった。


「三、二、一、はい、どうぞー」と誰かが言った。

 ありますけど、

 金属的な悲鳴がけたたましくあがった。オオハナタカコも一緒になって悲鳴をあげていた。三、二、一というカウントダウンでコトブキの思考回路はほとんど停止していた。


「どこでどこで?」

 トイレとか、夜の駐車場とか……倉庫の影とか、

 数人の女がやはり悲鳴をあげた。他の女は箸が止まったり、お互いの肩を叩きあって喜んでいる者もいた。女たちの台本どおりのラジコンにされているとコトブキは思った。


「相手の人いくつだったんですか?」

 八つ上です、

「というと、いま三十五とか?」

 まあ、そのぐらいです、

「じゃあ、ウチらと同じぐらいじゃない」

「やだん!」

 女たちの顔が赤くなったようにコトブキには見えた。


「え、待って待って」と一人の女が立ち上がった。「この中で誰が一番タイプですか?」

 すると、女たちの誰もが箸を止めた。コトブキは上座に向いた女たちの顔を何周も眺めていった。

 職業訓練が始まってきょうで四日目、クラスメイトの顔をちゃんと見たのはコトブキにとってこれが初めてだった。そして、一番声のとおる女に再びマイクを向けられた。


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