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嘘の数だけ素顔のままで
第6章 痴漢【1】
 部屋に戻り食後の一本を喫うと口の中に残っていた鳥の唐揚げの味で吐き気がした。遠近感がどうもおかしい。指の先が異常に冷たいことに気がついてまだ緊張が続いているのだとコトブキは思った。

 食事をしたとき父親と母親もこうしたコトブキの変化には一切気づいていないようだった。


 授業中のメールでヒタチノゾミはおれのことを「せんせい」と呼んでくれた。それと同時に『先生』、『先生』とあえぎ声をひきずるもう一人のヒタチノゾミが頭から離れずにいる。

 オオハナタカコはきょうの一件を黙っていてくれるだろうか。もしかしたら、今頃ラインやメールが職練の皆に回っているのではないのか。

 父親と母親の顔を見たときコトブキは自分のやってしまった事の重大さに初めて気がついたのだった。立て続けに喫った二本目の煙草でコトブキは吐いた。


 階下から母親が呼んでいる。一瞬まさかとは思ったが思い過ごしだった。風呂に入れと言われただけだった。

 部屋の時計を見てコトブキは驚いた。十時半。ついさっき二本目の煙草を喫って吐いたばかりだと思っていたのだが、既に二時間以上経っていた。コトブキは吐いた汚物を始末した。母親には、あとで入る、とだけ言ってもう一度部屋に腰を下ろした。


 床に脱ぎっぱなしにしてあったジャケットを拾った。ポケットに手を入れて違和感に気づく……スマホが二台ある。ひとつは自分のスマホ。もうひとつには見覚えがある。ヒタチノゾミのスマホだ。

 コトブキは二台のスマホを見較べてどこでどう間違えたのか思い出せなかった。どちらのスマホにもスマホケースはしていなかったし、事実として今ヒタチノゾミのスマホがここにある。それだけだった。


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