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嘘の数だけ素顔のままで
第8章 痴漢【3】
 女の腋の下に汗染みができていた。コトブキも胸の辺りに汗を掻いていた。車内は暑い。生ぬるい風が足元に舞っていた。空調も回っていて女たちの香水で匂い立っていた。


 電車がふいに揺れた。


 女は汗を気にしてハンカチで顔を押さえた。女の巻き髪が幾筋か頬に貼り付いている。鎖骨に汗が溜まって光っている。女は青いブラウスを着ていたから腋の下の汗染みがより目立ってきた。化粧に浮いた汗は女がハンカチで何度押さえても止まらなかった。


 コトブキは思い出したように女から目を逸らした。女はその間に俯いた。コトブキはこれまで女性のことをここまで至近距離で見たことがなかった。気づいたらずっと見ていた。


 女はハンカチを握りしめた。女はまだ俯いている。コトブキの心臓は熱くなった。熱い塊のようなものが腹の辺りまで拡がっていった。欲望の数々が断片的な映像となって頭の中をかすめた。唾を呑み込もうとした喉がひりついた。


 もう一度唾を呑み込もうとして正面の女と偶然目が合った。そのほんの短い間に女は驚いたような顔をしていた。スーパーで偶然見かけた息子が万引きしているのを目撃してしまったようなそんな顔だ。

 ただし、そんな偶然の中に母親の被虐性のようなものがあったのをコトブキは見逃さなかった。


 コトブキは再三にわたり唾を呑み込んで口元が恥で歪んだ。小学三年のとき一学年下の女の子と放課後のグラウンドで遊んでいたのを憶い出した。樹の枝でディズニーのキャラクターとかワンピースとか描いたのを憶えている。そのことを同級生五人にからかわれたことがあった。一緒にいた女の子は急に無口になった。

 おれが同級生と口論している間、女の子は草をちぎったり樹の枝で地面に穴を掘ったりしててずっと下をむいていた。同級生の一人がおれの気にさわるようなことを言った。アキラは女だ、とかそんな風なことをだ。そのあと、おれは突然女の子を突き飛ばした。


 コトブキは、女の尻を触っていた。女の尻が緊張したのが手の平に伝わってきた。ずっと忘れていた十数年以上も前の出来事をなぜおれは憶い出したのだろう。女の子とは、あれ以来一度も口を聞かなかった。


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