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嘘の数だけ素顔のままで
第8章 痴漢【3】
 コトブキはあることをふと思いついて顔にださないようにして笑った。女の腋の下を匂いながら正面の女を見てやった。女とはすぐに目が合った。

 女は、コトブキが目を逸らさないことがわかると一度俯いたが、もう一度視線を合わせたときには挑戦的な目で見つめ返してきた。そう言えば、昨日のオオハナタカコにもあんな風な顔をされた。


 女の腋の下で深呼吸をした。香水とは違う匂いがした。二度三度と続けて深呼吸をしたあとは匂いを貪った。正面の女の顔が赤くなっていく間もコトブキはずっと見つめていた。

 腋の下でどんな顔をして深呼吸をしていたのかコトブキは覚えていない。鼻の穴が拡がっていたような気がするし瞳はあべこべの方向をむいていたかもしれない。


 正面の女が目を逸らしたあと、コトブキは鼻で嗤った。

 隣の女に今の顔を見られてしまった。だが、その女もすぐに目を逸らして下をむいた。イマノカオヲミタダロという風にそのまた隣の女と目が合うとき、コトブキは恐ろしく真顔になっていた。その女もやはり申し訳なさそうに下をむいた。


 コトブキは女の髪の毛をはらえるようになるまで自信をつけた。女は伏せた睫毛の先を震わせていた。十ほど歳の離れたこの女が年下のように思えた。ずっと理解に苦しんでいた『先生』とヒタチノゾミの関係が今では嘘のように腑に落ちた。


 車内にいる女たちをコトブキはぐるりと見回した。女たち全員がコトブキから目を逸らした。女たちの頭数をあごで数える余裕さえあった。コトブキは生まれて初めて女が怖くなくなった気がした。女は全部で十三人乗っていた。


 コトブキは吊革に摑まる女の手を握りしめた。ベトベトの手汗を女に何の遠慮もすることなく塗りつけた。女が髪の毛で顔を隠そうとすれば、その髪をはらった。女はそうされると、唇を固く結んで、洟息がうるさくなった。


 レールの継ぎ目を通過する音にコトブキはしばらく耳を澄ませた。


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