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嘘の数だけ素顔のままで
第8章 痴漢【3】
「一週間前から……きょうのことしか考えられなくなりました」

 コトブキは、女の声が聞こえていたが無視した。女は、コトブキが今どんな顔をしているのかさえ見れなかった。コトブキは、人から見られてはまずいような顔をして女のことをガンミしていた。


 今までコトブキは重大な誤解をしていたことに気がついた。中二の夏休み明けをキッカケにして同級生が急にマセ始めた。髪型だったり、服装だったり、言葉遣いだったり、読んでいる雑誌の違いだったり、お互いのことを名字で呼びだしたり、反抗的に唇を尖らせて見せたことがあった。

 コトブキはこうしたハッタリを格好悪いことだと思っていたし、結局怖い先輩の前ではペコペコしててより強い集団に帰属しようと必死になっていたのを軽蔑していた。だが、そういうことは必要だったのだ。


 学年が中三に上がると強い者とそうでない者との間に明確な線が引かれてあった。コトブキは集団の同級生の目を見ることができなくなっていたし、偶然飛んできたバスケットボールが自分にぶつかっても彼らはぶつけたことにさえ気がついていないようだった。

 彼らのハッタリは、バスケットボールをぶつけてもこいつは何も言い返してこないという事実を見事に暴いて見せたのだ。


 この女は、おれの目さえまともに見ることができないような人間だったのだ。尻を触っても平気な女だったのだ。

 もし出会う場所が違っていたらそういうことに気がつかないまま通過していたことだろう。この女と偶然街ですれ違って、まさか痴漢されることしか考えられなくなった女だなどと誰が思うだろうか。


 ノースリーブの袖のところからコトブキは手を入れた。ブラジャーに保護された胸は固いんだな、というのが第一印象だった。それと同時にこの女がノースリーブの袖から手を入れられてもNOと言えない人間だということがわかった。ばか女……コトブキは心の中でそう呟くとこれからこの女のことをそうやって呼ぶことにした。


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