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嘘の数だけ素顔のままで
第8章 痴漢【3】
 コトブキは股ぐらから手を抜いた。ばか女のことを一瞥したあと指を匂った。濃縮したバニラのような匂いがした。ばか女は慌ててコトブキの手を握りしめ、声にださずに、やめてくださいと言った。


 コトブキは妙な昂ぶりを覚えた。ばか女からもっと嫌われたい、そう思った。

 これまで生きてきた二十七年の中で自分に対するイメージというのがコトブキにも少なからずあった。あるときは某バンドのギタリストだったり、ハリウッドの映画俳優だったり、漫画の主人公から拝借した。妄想の中で女たちはいつもワーキャー言ってくれた。

 おれは七つの海を飛び回るスーパースターだった。英語を喋れるしフランス語もイタリア語もドイツ語も喋れた。インドの十八ほどある公用語の他に現地の方言だって話しているうちに覚えることができた。

 大陸ごとに女が待っていて奴隷からセレブまで少女から還暦に至るまでセフレがいた。ただし健全な関係だ。それがオオハナタカコの一件からコトブキの美意識は揺らぎ始めていた。今は……違うことを考えている。

 あの歓声が悲鳴になればいい、そう思った。どうすればいいかはわかっていた。「無言」という固有名詞から頭の中に断片的な映像が流れた。


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