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嘘の数だけ素顔のままで
第9章 孤立【1】
 八時五十六分、前を走るスズキ・ワゴンRのバックミラーに運転手の顔が映っているのが見えるくらい接近してコトブキは車を飛ばしていた。青信号が点滅しだした。前の車が減速しかけたのでコトブキはクラクションを鳴らした。

 運転手の若い女は煽り運転を初めてされたような顔をしてバックミラー越しに何度もこっちを見てきた。


 くそ、早く行け、

 八時五十九分、駐車場は既に皆の車が停まっていた。


 レジ裏に停めてあった『先生』の車の横に駐車した。少しでもショートカットしなければ間に合わない。コトブキはリュックを摑み、車を降りて走った。


 教室に入ると、ちょうど皆が起立したところだった。すみません、と言いながらコトブキは席に滑り込んだ。日直がコトブキの方を振り返ったあと、いつもの号令をかけた。


 着席したコトブキはまだ息が上がったままだった。教室の時計は九時を回ったばかりだ。間に合った、とコトブキは呟いた。


 遅刻だよ、そう女の声がした。声がした方をコトブキが見ると、女はそっぽを向いた。


 教壇から『先生』に名前を呼ばれた。何人かの女がコトブキの方を振り返った。オオハナタカコは振り返らなかった。目が合った女のうち全員がコトブキの寝ぐせを見てきた。昨日あの秘密クラブから帰ったあと十五時間以上は寝たかもしれない、コトブキはそう思った。

 寝ている間に何度か目が覚めた。だが、明日のことを考えているうちに眠りの中へ逃げ込むように睡魔が襲った。だから、昨夜は風呂に入っていないし、朝も母親が起こしにくるまで寝ていたのでシャワーを浴びる時間はなかった。

 からだに、ばか女の匂いがまだ残っている。指にはバニラのような甘い匂いも。

 あの出来事は夢じゃなかった。そして、今だって紛れもなく現実だった。『先生』はまだ話を続けていた。


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