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嘘の数だけ素顔のままで
第9章 孤立【1】
 ヒタチノゾミがキーボードを打ち始めた。パソコン画面とキーボードを交互に見ながら指一本で打っていて自慰はそのまま続けている。『先生』にメールを書いていることくらいコトブキにもわかった。しかし、

『先生』は老舗デパートの元従業員とずっと談笑していてメールを受信した様子はない。いくらタイピングに不慣れなヒタチノゾミでも遅過ぎるし、指一本で打っているにしても十五分はなかった。

 コトブキは横目で見た。ヒタチノゾミはマウスに手を置いたまま固まっていた。コトブキはまさかと思いメールボックスを立ち上げた。



Hitachi wrote:
〉チェリーくんがこっち見てます。恥ずかし
〉いです。



 教室がやにわに騒がしくなった気がした。誰かが、臭くない? と言ったからだった。臭いよね? 何の匂い? 臭いよね? あたし鼻悪いからわかんない。

 臭いよね? 臭いかも。臭いよね? あたしじゃないわよ。

 臭いよね? 何の匂いだろ? 臭いよね? 臭いくさい。臭いよね? 臭いくさい臭いくさい臭いくさい臭いくさい。

 女はまるで未開のジャングルに住む部族が危険を知らせるときのように次々と声をあげた。ヒタチノゾミは頭から湯気が出そうなくらい顔が赤かった。


「エアコンじゃないかな」と『先生』は言った。

 エアコンのスイッチを消した『先生』は、どう? と女に訊いた。女は口々にまだ臭いと訴えたが、『先生』は、そうかなー、と首を傾げた。その間にヒタチノゾミは服の乱れを直した。そして、『先生』はこう言った。


「やっぱ臭えなー」

教室が終わると、コトブキは『先生』からエアコンの掃除を命じられた。女は足早に帰り、ヒタチノゾミもきょうはすぐに帰った。掃除班もじきに帰った。

 一時間かけてやっとエアコン掃除が終わったあとも『先生』は用事に行っていて戻って来なかった。


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