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BeLoved.
第32章 【白い檻】
「あ…そうだった…」
マンション一階エントランスにあるエレベーター。扉に貼られた『点検作業中』の札を前に、わたしは脱力し呟いた。
『気を付けてね』
昨夜言われた言葉を今更思い出す。
失念してた…この時間帯だったっけ。
両手には買物袋。まとめ買い派のわたしは持てる限りの量を仕入れてきた。
中にはキャベツやカボチャ丸々一個、ドレッシング類など重いもの。そして…普段滅多に買わないはずのアイスクリームまで入っている。
エレベーターはこの一機のみ。点検は始まったばかりらしく、終わるのはまだまだ先のよう。
部屋は8階。わたしに残された選択肢はこの荷物を抱え、いわゆる『可及的速やか』に、階段を上っていくことだけだ。
「……」
ため息をつく。もちろん、それが嫌なわけじゃない。自分のタイミングの悪さと…間抜けさ加減にただただ呆れたんだ。ちゃんと言われていたのに。
「…だって」
仕方ないもん…そんな言葉が口をついて出た。
昨夜、ご主人様と寝室を共にする時間に起きたこと。
さんざん煽られた挙げ句、欲しくて欲しくてたまらない状態で突然放り出されて。…はじめて『おあずけ』を喰らわされてしまったのだ。
自分では届かない場所で自分では鎮められない疼きが続いている。洗い物をしていても、お洗濯をしていても、それこそ買物中も、ずっと。
そんな状態におかれて、覚えたての快楽に溺れ囚われているわたしが…まともな思考でいられるわけがない。それに…
『未結』
「…ん!」
拍車をかけるのは、頭のなかで甦るわたしを呼ぶ彼の声。
いつもの平静なものじゃなく…ふたりきりでいるときだけの、艶をまとった甘い声。
わたしだけに赦された特別な声。
…たまらない。下腹部が疼く。
こんな状態に陥らせてくれたご主人様の日はとっくに終わっているし…『今日の』ご主人様は終日不在。
この疼きからはまだとうぶん解放されない。
どうしようもない気持ちで一杯だった。
「…行こっ」
それでも頭を左右に振ってむりやり思考を切替えて。わたしは階段を上がり始めたのだった。