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BeLoved.
第1章 【はじまりは、別れから】
『あんたのお荷物になるものは残さないよ』
生前のおばあちゃんの口癖だった。
欲しいものと必要なものは違う。
小さい頃からよく言われていた。
だから我が家には、昔から必要最低限の物しかない。
6畳の茶の間に続く4畳半の寝室、一畳ほどのお風呂と和式のトイレ。そして台所。
狭いから物は増やしたくないのもあったんだろう。
だから遺品の整理も実にあっさりと終わってしまったんだ。
そんな我が家にはおばあちゃんの意向で、お仏壇も無かった。
今のおばあちゃんの居場所は、茶の間の隅にわたしが設えた簡素な祭壇。
遺骨はもうない。納骨は火葬の後に済ませてしまった。…淋しかったけど、間を空けたら離れられなくなりそうだったから。
小さなテーブルに被せた、柔らかく手触りのよい白い布の上に置かれているのは、遺影と位牌。そしてお線香と鐘。花瓶にいけた黄色と白の菊の花。
彼らはそれぞれ焼香し、手を合わせてくれた。
部屋の中央のちゃぶ台に、お茶を淹れた湯呑みを静かに置く。
役目を終えたお盆を胸元で抱えたまま、わたしも静かに座り彼らの背中をぼんやりと眺めていた。
わたしの家に『彼ら』がいる。何か…変な感じ。
彼らにとっては縁がないだろう、こんな狭くて古いアパートに。
天井が低いとは言え、梁に額を打ち付けられたのには、焦ったなあ……。
「この度は御愁傷様でした」
その言葉でハッとし、我に帰る。
いつの間にか彼らはわたしの方を向き、深々と頭を下げていた。
「っ、…すみません、ご丁寧に…。あ、ありがとうございます…」
わたしも慌てて座り直し、床に擦り付ける勢いで頭を下げて返した。
差し出された二枚の香典袋は緊張で震える手を伸ばし、何とか受け取ることができた。
そして彼らは一人ずつ、静かな口調で話し始めたのだった。