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LaundryHeavenly.
第8章 Heavenly.8
木箱を中心に私から見て左隣にはブライトさん、真正面にはナノさん。右隣にはハイジさんがいる。
地面に腰を下ろした私は、彼らが見守るなか記名するだけ…なのだが、大問題があった。
「…すみません、私、字が…」
そう。読めない、書けないのだ。
主に従い尽くしていれば良かった私には、必要がなかったから。
契約書だというこの紙の下部に引かれた一本の線。恐らくここに名前を書くのだとは想像がつくけれど…後はさっぱり、何が書かれているのか解らない。
「そうか。それなら」
理解させるために、重要事項をもう一度読み上げてくれようとしたブライトさんを私は制止した。
そんな二度手間をとらせるわけにはいかないし、何が書かれていようと私の気持ちは変わらない。それに、ひとつだけ胸を張って言えることがあった。
「っ名前は書けますっ!…お嬢様に教わりました」
『"レノ"はねえ、こうかくんだよ!』
ある日のお絵描きの最中。お嬢様は私の似顔絵の下に、覚えたての字で『レノ』と大きく書いて渡してくれた。私はそれを見て、何度もなぞって、自分の名前の文字を覚えたのだ。
大切な宝物の一つだった。今はもう、影も形もないけれど…。
「──では、ここに」
ブライトさんは私の気持ちを汲んでくれた。
指し示された記名場所は、予想通り線の上。
慣れないペンを握り締め、私は一字一字ゆっくりと書き記していく。辿々しくて形も歪。覗き込んできたハイジさんには、可愛い字だと揶揄されてしまった。
「──これでお前は公的にも専属娼婦と認められた」
その言葉に否が応でも緊張が走る。
この一枚の紙はどれだけの重さを持っているのか。計り知れなかった。
「ナノ。レノに読み書きを教えてやれ」
私から受け取った契約書を小さく折り畳みながら、突然ブライトさんはそんな命令を下した。
今後生きていくうえで必要になるからと。
「…自分がですか」
「お前が適任だ。出来る限りでいい」
「…承知しました」
ナノさんは怪訝な表情を浮かべたものの、それ以上抗議するでもなく静かに目を伏せた。
一方の私は固まってしまい動けない。置いて頂いている上に読み書きまで?…いいのだろうか?
「言っただろう。お前も部隊の一員なんだ」
足りない部分は誰かが補う。
『隊長』はそう言って、頭を撫でてくれた。