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BeLoved.【蜜月記】
第7章 世界はそれを女王様と呼ぶんだぜ
「うん、そうだね」
はっと我に帰って。
首を左右に振りながら上げた抗議の声は、拍子抜けするほどあっさり肯定された。──今日は『彼』の日と 。
だけど彼が引く気配は微塵もない。…むしろ更に距離は縮められてしまった気がする…
「あ、明日…なら」
「今がいい。だって未結の浴衣姿、かわいいんだもん」
片手で掬い上げられたわたしの浴衣の袖。
彼はそこに口付け、視線だけをこちらに向けた。
「…っ」
真っ直ぐ過ぎる言葉と視線は真っ直ぐ突き刺さる。
『彼』同様、わたしの深部にまで。…身がすくむ。
…でも駄目。絆されちゃだめだ。
今日は『彼』の日。それに『彼』は今、一服しているだけ。きっともうすぐ戻ってくる。
『塗り潰してあげる』──その最中に鉢合わせたら。
──なんて、考えたくもない。折角の旅が台無しに…
なんて思っていたら。案の定、部屋の玄関の方からノック音と…聞き慣れた声がした。
『未結ー?』
〰〰ほら、やっぱり!
促すような眼差しで見上げたけれど。当の麗さまは視線こそ玄関の方を向けていれど、体は依然寄せたままだ。
『なに?居ねーの?』
訝しむ声。…ドアノブがガチャガチャと回される音もし始めた。──何してるの、わたし。早く開けて、迎え入れなきゃ。…なんで動かないの、体。
彼に身を寄せられているとはいえ密着してはいないし、いくらでもすり抜けられるのに。何故か体が動かない。
「…電話きた」
やがて、微かな振動音が響いた。出処は、いつの間にか窓枠に置かれていた麗さまのスマホ。『着信中/ボンクラ』の文字が煌々と灯っている…
「──俺は、“今未結と散歩してる“って言うよ」
手に取ったそれを、わたしの目の前にかざしながら。彼はそう言い放った。…わたしにだけ、聞こえる声で。
「だから“テメーもどっかで時間潰して来い“って」
「……」
「でも未結が開けたければ、鍵、開けていいよ」
「…!」
このやり取りの間もノックはあった。
『未結ー?』の呼び掛けも、何度も。
「、ぁ…」
彼の指先が唇に触れる。…色を纏った、触れ方で。
「どうする?未結ちゃん」
…やがて、玄関が静かになった頃。わたしはわたしが最後まで動けなかった理由を、思い知るのだった。