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Q 強制受精で生まれる私
第12章 4.9度目
「ごちそうさまでした。」

「ん? あぁ、お粗末さまでした。毎日残さず食べてくれて嬉しい限りですよ。体調も良好になってきていますし、やはり日々の食事は心身共に大事ですね。」

「いや、あの朝食を残そうと思う人はいないと思いますけど…その…美味しかったです。」

 美味しいという言葉ほど料理した人への御礼はないのだろう。先生は一瞬褒められた子供の様な照れ臭い笑顔を見せるも、私の前だからかすぐにいつもの爽やかな微笑みに変えてしまう。いい大人の無邪気な瞬間に、思わずこちらまで顔が綻んでしまう。

 人は何か事件があるとこんなにも変わってしまうものなのだろうか。今の先生はあの時の先生と同じ人物とはとても思えない。普通かそれ以上の好青年と化した先生は、女性であれば好意を抱かない者はいないだろうと確信を持てる人物に変貌を遂げていた。

「さて。お体もご自分で動かせるまでに快復したことですし、今日付けで退院しましょう。いつまでもベッドの上では健康にも良くありませんからね。」

「…介抱までしてくれて、その…ありがとうございました。」

「お気になさらず。命を救うことは医者の務めですから。最後に浜園さんに何が起きてこの様なことになったのか説明をしたいので、準備ができたら診察室まで来て下さい。」

 私が二つ返事で応えると、先生はまた後で。と言って部屋から早々に立ち去っていく。やっとこの固いベッドから出られる。そう思った私は服を着替えようと、数日間付かず離れずだった偽りの彼氏に何の躊躇いもなく別れを告げる。

 できるだけ女の子っぽい格好を、と思いながら男物の衣服の山を漁る私は、さっきから先生の言葉の節々が気になっていた。退院だの最後にだの、まるでこれが済んだらお別れだとでも言わんばかりの言い種に、私はどういう訳か一抹の不安を抱いてしまう。

 あの先生が言うことには必ずといっていい程、言葉の裏に隠された何かしらの他意がある。言葉通りだと自由に動けるようになるだけで、関係性は変わらずとは思うけど、もし別の意味があるとするのであれば…
 
 何気なく言われた退院の二文字が、淀んだ不安となって私にのし掛かる。いてもたってもいられなくなった私は無意識にお腹を守るように両腕を回してしまう。いつもよりも熱を帯びている錯覚を抱くも、それはあの温かいスープを飲んだせいだと自分に言い聞かせた。

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