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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第2章 ごみ捨て場の神さまと金の薔薇
 今しがた褒められたばかりの少年と云えば、目の前に並べられた食事に目を白黒させている。
 こちらはこちらで何とも鈍いし、愛想がない。いつまでも手をつけようとしないので、西園寺はよく磨かれたテエブルの表面を指先で叩いて促した。

「いいからとりあえず、食べたまえ」
「いい、ですか。こんなに」
「すきなだけ。足りないのなら追加で注文しよう」

 細い肩がひくん、と跳ねて、それからいかにも不器用に、あ、あ、ありが、とお、ございます、などと聞こえた。舌がもつれているらしい。慣れぬ敬語を使っているのは、こちらとの距離を測りかねているからなのだろうか。

 とは云え、これでは紅茶で火傷しかねない。この子の歌は、磨けば光るものではある。それを台無しにされてはたまらない。籠に盛られて湯気をたてる麺麭にのばされた指から、ティカップをそうっと遠ざけた。

「見るからに栄養失調だね。食べさせてもらっていないのかい」
「……おれ、そんなに食べられないんです」

 食べられない、と云いながら、麺麭をかじるひとくちは大きく、育ち盛りに相応しい。
 普段から食べないでいると、内臓が縮んで量を受け付けなくなる。この子はそういう状態だ。西園寺はそれを知っている。

 冷静に分析して、そう、相槌を打ちながら、西園寺は自分の分のティカップを傾けた。
 次々と皿を平らげてゆく彼を、紅茶を飲みながらじっと観察する。頭の中では、昨日の露崎とのやり取りを反芻している。

 墨色の髪に、柔らかな茶色のひとみ。西園寺より幾分黄色い顔に乗る、ひどく優しげな顔のせいで気弱に見える。とはいえ、あまり似合わない紺色の制服で、こちらに断らせる気などないくせに、申し訳なさそうにやってくるところは、ほとほと呆れるほどずるい女だ。

 君さえいなければ、私は今より自由だ。

 幾度そう云ってやりたかったか知れない。けれどもそれは本心とも云い難い。

 自由よりも、離せぬものがある。どうやらまだ西園寺を慕ってくれているらしい彼女に、嘗ての欠片を重ねているのか、それとも、或いは。

 形容しがたいそれは恐ろしいような、せつないようなものだった。
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