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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第3章 血まみれ道化師と血みどろお人形
 そんな陽色の視線を、知ってか知らずか、金色の髪の彼女は、すいと陽色の隣へと移動した。

「こんな横暴、許さなくていいのだよ、陽色」
「へ、名前覚えててくれたの」
「余計なことを云うな、西園寺」
「直くん、お願い、ちょっと、ちょっとだけ、黙ってて」
「明莉、」

 墨色の髪の女は、長官らしい男を、やたらと気安く呼ぶ。
 それに対する長官の答えも軽いもので、彼らがただの上司部下の関係ではないと伺えた。

 彼女は陽色の手を引いて粗末な椅子から立たせると、己のからだに引き寄せるようにして庇う。

「この子はね、この茶番の間にも果たすべき仕事があったのだよ。その補填はどうしてくれるの?」

 陽色よりほんの少し上背があるとはいえ、彼女もどちらかと云えば痩躯なのだろう。ほんの少しだけ身を縮こまらせると、陽色のからだは、彼女に後ろから抱き寄せられているような格好になた。

 上着の生地は相変わらず上等だ。柔らかくてあまい香りのする髪が、陽色の頬をくすぐった。彼女が呼吸をするたびに、その肩が、胸が、微かに震えるのを感じる。

「所属しているサアカス団には、俺から連絡を入れておこう」
「……たぶん、もういらない、って云われると思いますけど」

 芸人など、評判がすべてだ。誤解でも遊びでも何でも、一度ひと殺しの名がついてしまえばそれを雪ぐことはできない。

 ましてや陽色のようにただ目の色が珍しいだけ、ただ見目が多少よくてパトロンの寝台にお呼ばれすることが多いだけの子どもなど、サアカスにはいてもいなくとも大して変わらぬだろう。

 ただ惜しいのは、友人の幸いを見届けられぬこと。
 それから、神さまの歌声を二度と聞けぬこと。

 金色に顔を埋めたまま黙った陽色を、彼女がどう思ったのかはわからない。

 ただ、ぎゅ、と思いきり抱きしめられた。華奢な腕に見えたのに、思いのほか力が強かった。
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