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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第4章 柔らかな寝台と触れた熱
 彼女は急に陽色のからだを膝の上に抱き上げた。昼間感じたのと同じ、華奢で真白い腕からは想像もできぬような力だ。いちいち見た目の印象を裏切るひとである。

 それから、心の臓を隠した薄温かな胸に、陽色の体をぎゅうと押し付ける。

 仕草だけはあいらしい少女のようであったけれども、これではほんとうにお人形あつかいであるし、びっくりするほど力が強い。骨がきゅうきゅう軋んで、けれどこんなふうに抱きしめられることも覚えのないほど久しぶりで。

 陽色は自由な頭を動かして、どうやら己を抱きしめる判断をしたらしい西園寺の頭にすり寄った。頬を金色の髪がふわふわとくすぐる。

「どうしたの?」
「はあ……」

 世界は汚い。構造的欠陥に満ちている。

 云っていることはよくわからない。わからないながらに彼女が嘆いていることは、わかる。

「よくわかんないけど、泣かないて」
「泣いてない!」
「悲しくても大丈夫だよ、おれがいるよ」
「だから泣いていないと云っているのに!」

 なんなの、君、生意気な子だね!

 掠れた声でつんけんと云われても、ほんの少しばかり震える声のせいで、どうにもまるで怖くない。

 陽色は細い手で彼女の背中を撫でて、歌うように云った。

「おれの友達もね、ぎゅうって抱き着いてくることがあるの。そういうときはね、なでなでってしてあげるの」

 きれいで、お姫さまみたいでね。歌と踊りが上手なの。

 彼女はふいに顔を上げ、陽色の額に己の額を押し付けてきた。ふわふわの金色が、今度は額をくすぐる。

「君は踊りはともかく歌は下手だものね」
「へ、」
「君に歌を教えた奴は、よほどの大馬鹿者とみた」
「ふあ……ひとりで練習するのって、限界があるから、」

 やっぱり下手だよね。鴉の鳴き声みたいだもんねえ。恥ずかしい!

 彼女は陽色のだらだらとした繰り言を、聞いているのかいないのか、しばらく黙っていた。
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