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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第4章 柔らかな寝台と触れた熱
「あまり違わない、ねえ?」
「あ、あ、おれの云うことだし、真に受けなくてもいいよ」
「君、よく客を取ると云ったね」
「だけど、もうやらない」
「君は私のお人形だ。そんな低俗なこと、やらせやしないよ」

 うふ、うふふ。
 喉からまた、おかしな笑い声が漏れる。

 もしかしたらこれからは、触れたい、と思ったものにだけ触れればいいのかもしれない。なんてすてきなことだろう。

 衝動のまま、目の前の白い頬にちゅう、とくちづける。くちづけられた方は呆れた顔を作って見せる。

「何をひとりではしゃいでいるんだい」
「うふふ。うれしい」
「やっぱり変な子だよね、君」

 西園寺は細い指先で、万年筆をくるりと回して、地図の上、一点を指した。

 サアカスで借りているビルヂングから、ほど近く。その辺りには細かな字で宿と思しき名前が幾つか書きこまれている。

「客を取る宿は、この辺りかね」
「そうだよ」

 見覚えのある名前を、三つ、指さしてみる。何処も安いだけが取り柄で、狭い空間に、粗末な寝台がひとつきり、というような部屋ばかりであったと記憶している。

「鍵なんてかからないだろうねえ」
「鍵がついてても意味ないよ。壁も窓も薄くって、隙間風がぴゅうぴゅうなの」

 近くにごみ捨て場があるからかなあ、生臭いにおいがすることもあるし。

 そう漏らした陽色に、西園寺は嫌そうに眉を顰めた。このひとは眉毛まで金色だ。ねえ君、それ、確かだろうね。

「え、なまぐさいにおいのこと。するよ、特に朝」
「……朝、」

 彼女の顔はますます嫌そうに歪んだ。

 お人形のようにうつくしい造りのくせ、このひとは存外に表情が豊かだから、陽色は安心するのだ。お人形と住んでいるけれど、お人形にはなれないひとなのだろう。
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