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Memory of Night 2
第37章 パンドラの箱
「……如月春加って、本名じゃなかったんだな」
「亮がつけた源氏名だよ」
力のない声で、春加は呟いた。……見られてしまった。勘がいいこの少年なら、すぐに辿り着いてしまうだろう。名前が示す真実に。
「香椎千鶴(かしいちづる)。それがあんたの本名なんだな。免許証見て、やっとわかったよ、あんたが誰か、なんでこんなに振り回されても、俺があんたを嫌いになれないのかも。顔が似てねーから、全然気付かなかったけど。身勝手で横暴な性格も並外れた運動神経もーーちゃんと思い返してみれば、似てるとこだらけだったのに」
春加はきつく目を閉じた。痛みがほんのわずか、引いたような気がした。それでも無意識に、体を丸め膝を抱え込む。
開いてしまったパンドラの箱。宵はその中から、真実を暴き出した。
「ーー香椎は桃華の旧姓。あんたは俺の叔母で、桃華(かあさん)の妹だったんだな」
ーーああ。瞼の奥に、先ほどの夢の光景が蘇る。
あれは過去の思い出そのものだった。
広がる銀世界。
雪の上に突っ伏した春加ーー千鶴に、桃華は笑ってその白い手を差しだした。
「ありがとう、お姉ちゃん……!」
昔はなんの躊躇もなく、その手を掴むことができた。大好きな姉だったのに。
ーーいつから、どうして?
「……なんでそんな、嫌いになっちまったの?」
いつの間にか宵の声は、すぐ間近から響いた。
「聞かせろよ、あんたの話」
促す声色は優しかった。
「ーー母さんも、俺も、誰もあんたを責めやしないから」
心の内を見透かされた気がした。
責めやしない。本当に?
千鶴は心の奥にまだ渦巻く秘密を、誰にも言えなかったことを、ぶちまけたい衝動にかられた。
どうせもうすぐ死ぬのだ。
宵は隣に腰を下ろした。
桃華と同じ灰色の瞳に促されるまま、千鶴はぽつぽつと話し始める。
長い間押し込めていたパンドラの箱。まるでその反動のように、言葉が溢れ出した。