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第16章 妻と愛人のひとり

　若い男はその声に驚いて血を振りまきながらあの男の反対側を逃げる。
　それを追いかけるあの男。
　ダダーと追いつく。
　階段まで来て逃げようとする若い男とあの男が揉みあうと、弾みであの男が階段を踏み外して体が浮く、それを潜り抜けて若い男が階段を降りていく。
　あの男は体を支えようと踏ん張った足が、ぐにゃーと変な方に曲がって階段を滑るように落ちた。
　ズドーン
「ぎゃー」とあの男の声が階段に響いた。だんだんと若い男の逃げる足音が遠ざかっていった。その替わりに遠くにパトカーのサイレンの音が聞こえ始めている。
　どうやら階下まで逃げて、最後のマンション出入り口で若い男は人にぶつかってしまい。その人を押し倒して、逃走していった。道路に点々と血痕を残していなくなった。
　尻もちを着いたその人は、ようやく立ち上がってズボンを払って辺りを見渡していた。マンションの上の廊下から男が顔だして、
「大丈夫ですか～」と言ってからその人に気が付いて、
「え、社長。ど、どうされたのですか～」と思わず声を掛けてしまったお父さん。続いてAyaも顔をだした。見上げた林と見下ろすAyaのお父さんことラボ長は互いの顔を見合って困ったのであった。あの男は足首を押さえて呻き声を上げていた。が、こちらも困ってしまう。さらにもう一人困ったAyaが眉毛を寄せて、しかめっ面をしているのがはっきり分かった林であった。
　幸いAyaは若い男の血を浴びたが無事であった。困った人々の、そんな中をパトカーのサイレンが大きく響いて、次々と到着しだした。赤色灯が回って辺りを照らすと付近の住民が表に出てようやく騒ぎだした。