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第16章 妻と愛人のひとり

　事件の顛末について関係者は事実通り語れるが、肝心の逃走犯である若い男について訊かれると誰も答えられなかったので警察に怪しまれる話であった。関係者の関係性は分かるようでしかと腑に落ちないからであった。
　分かるのはAyaと救急搬送されたあの男は業者とお客である。が、業者の男が身を挺してお客を庇って格闘するかというと頑張り過ぎの気もするのである。
　また、Ayaは被害者になるのだが逃げた若い男に見覚えないと申し立てたので犯人との関係が不明であった。皆が『死ね、殺してやる』と言ってナイフをAyaに向けたと申し立てたからだ。それは襲撃されたときにAyaのスマホは警察と繋がったままで事件が発生していた。しっかり録音されていて、それと符合していた。
　二人の男たちは、何用で従業員の借り上げ女子寮に来たのかとの質問はしどろもどろで要領を得ない。お父さんは娘を心配でやって来たと理解できなくもないが苗字が違い義理の関係でもなく、再婚相手の娘で昔の同居人しかないことであった。お母さんが来るのが普通であるはずだからである。まして、林社長は立場から云ってもっと変であり、何用で来たのか誰も納得できなかった。
　取り調べ中にお父さんの上着を切り裂いたナイフがわき腹をかすっていたことが判明し薄く長く筋が付いており僅かながら出血していた。捜査員が慌てて救急車を手配して色めき立った。
　傷害罪および殺人未遂事案になったからだった。