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Kiss Again and Again
第15章 クリスマス後
怒っていたわけではなさそうで それ以後 純子ちゃんは 樹さんが提案した日に合わせて 高田講師さんのところへお泊りに行くようになった。
お泊りに行かない日も 週に一度くらい 樹さんのお店で待ち合わせをした。
就活が始まってからも それは続いた。
お互いの肉体を満たし合い より多くのことを知り合い 人生の一部になったかのように感じられた。 発情期の猿ではなくなった樹さんのお休みには 都合が合えば お出かけデートもした。
あのとき感じた不安は 嘘のように消え去り 充実した幸福感を味わっていた。
樹さんが仕事を終えるのを 厨房で 本を読みながら待つのは 高校時代を思い出させる。 『文学のこみち』での時間。 風が興す葉音 生徒達の声 笑い 足音がバックミュージックだった。 今は 金属の触れ合う音 扉が開いたり閉まったりする音 水が流れ落ちる音 布が何かをこする音 樹さんの足音。
いつもの無表情が わたしが見つめているのに気がつくと 華やかな笑顔になる。 恋人の顔になる。
平穏で 邪魔者のいない清い空間。
「おまたせ」
「あゆちゃんは 本当に本が好きだね。 退屈してない?」
「まさか。 人が命をこめて綴った世界が詰め込まれているのに 退屈なんて」
あなたを好きなだけ見ていられるのに 退屈なんてしない。
わたしが 裏口のドアまで行ったのを見届けて 樹さんが 灯りを落とす。 一瞬で暗闇になる。 息をひそめて樹さんが近づくのを 待つ。 肘の辺りをとらえ 「行こうか」と深い声がする。 真黒の闇の中 全身が集中するこの瞬間に 必ず思う。 「この人がすき」
裏口のドアを開けると 騒音と未知の人達がいる社会がある。
その狭間の 短い時間。
切ない想いが溢れる時間。