この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
鬼の花嫁
第2章 鬼と娘
今すぐに答えなくては本当に殺されてしまうのではないかというほど、重たく地を震わせるような殺気の籠った低音が響いた。
しかし、李蘭の喉は凍りついたように動かなくなり、中々返事をすることも顔を上げることさえも出来なかった。
「女、お前喋れないのか」
ぬっ、と人の気配を目の前で感じ取る。真っ暗な闇の中で、何かが自分の身体を矯めつ眇めつ視線を這わせた。それが自分の目には見えないけれど、虎視眈々と獲物を狙うような鋭い眼光が肌に突き刺さるのを感じる。
その時、冷たくかさついた感触が、李蘭の唇に触れた。
「ひっ……」
「やはり声が出せるんだな。どうして俺の問いに答えない?殺されたくなければ名を申せ。そして俺に許しを乞うてみろ」
誰かに唇をふにふに、と押されている。その感触は人間の指の腹のようだけれど、ひどく冷たい。体温を感じられなかった。今自分の目の前にいるのは、人間ではないのだと強く知らしめられてゾッとする。
「り、李蘭と、申します。ご無礼を、お許しくださいませ……。村からの、供物として、送られて参りました。どうぞ、あなた様のお好きなように……」
李蘭は恐怖に震えながらも、なんとか声を絞り出した。
頭の中は真っ白で、自分の放つ言葉も理解していない。それでも、矢継ぎ早に言葉を繋ぐ。そうしなくては、今にも身体に伸し掛かる重圧に押しつぶされてしまう気がしたからだ。
指の先から全身が怯えるように力が篭っていくのを感じる。
鬼様がいつになっても言葉を発しないことが、また恐ろしかった。頭を垂れたまま、見上げることは許されないので様子が伺えもしない。
気に障るようなことをしてしまったのだろうか。それとも、気に入る容姿ではなかったのだろうか。
そんな不安ばかりが募り、今は何でもいいからとにかく彼からの言葉が欲しかった。
その一心で、李蘭は化粧を施された顔を汚してまで許しを乞うように、頭をも必死に地面に擦り付けた。
しばらくして、沈黙を壊す鬼様のカッカという哄笑が降りてきて、李蘭は驚きと恐怖に肩を震わせた。