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鬼の花嫁
第2章 鬼と娘
遠い昔の話ではあるが、鬼様に村ひとつ屋敷ひとつ容易に消されてしまったこともあった。当然のように人々は困りに困り果てて頭を悩まされたが、こうして食料や生贄を差し出す代わりに他の誰にも手出しをしないというのなら、それはそれは安いものであると人々は喜んだ。
そして、他人事のように贄を繰り返し送り付ける。
しかし、李蘭にとってはまるで夢魔のような日だった。都合の良い様にして貴族の教養を受けていた彼女が、こうして贄に選ばれてしまったのだから。
今思えば、口にこそ出さなかったが、両親は元よりそれを望んでいたに違いない。何しろ得体も知れぬ病を患う娘がいては、姉や妹たちに縁談話が舞い降りないので、李蘭の存在はどちらにせよ邪魔だったのだろう。
両親を今更になって恨めしく思いながら、目的の場所も分からずにしばらく歩いていると、寸陰の刻に李蘭はただならぬ雰囲気を肌で感じ取った。
乳白色の薄霧が全身を取り巻き、まだ朝の光が天に昇っていた筈の周辺は、静けさと共に暗闇が舞い降りていた。心なしか、辺りに生える草木も何かに見つからないように息を潜めているように感じる。
その時、ぞくり、と背中から心の髄にかけて全身が恐怖を覚えた。直後、目の前に広がっていた青々とした自然草原は一瞬にして消え去り、辺り一面漆黒の闇の世界が広がる。
(なに……?)
突然のことに驚いて辺りを見渡すも、やはり何も見えない。
唯一頼りになるのは、暗闇の中で何かに睨まれているような、鋭い視線が全身に突き刺さるような、本能的な直感だけだった。
「お前、何しにここへ来た」
その時、冷気を孕む低い声が鳴り響いた。
咄嗟に気配のある方へ顔を向けると、何も見えないものの、そこに"何か"がいて、その何かと視線がかち合っているのだけは自然と体が察していた。
邪悪で禍々しい圧倒的な存在感。歴戦の王者の風格。威厳さのある声。
姿見が見えなくとも禍々しいオーラを肌で感じ、彼が鬼様だということはそれだけで直ぐにわかった。
李蘭は、そんな彼が恐ろしくて、恐ろしくて仕方なかった。覚悟もしていたというのに、今となればそんな心持ちもまるで意味がない。
あまりの恐怖に足の筋肉は緩み、李蘭は堪らずにその場で脱力し膝から崩れ落ちてしまった。
「そこの女、言葉が分からないわけではないだろうよ。早く答えろ。俺は気が短い」