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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第4章 Valet & Earl 〜従者と伯爵〜
…あのキスは…どういう意味だったんだ…。

翌朝、階下の作業室で新聞にアイロンを掛けながら、狭霧はぼんやりと頭を巡らせる。

…何のキスだったんだ。
わずか1秒ほどの、触れ合うだけの、淡雪のようなキスだった。

けれど…

「…確かにキスだった…口唇の…」

…伯爵が…おれを好き…?

けれど直ぐに、いやいやと首を激しく振る。
…絶対にそれはないな。
従者として雇ってくれたくらいだから、気に入ってはくれているだろうけれど、さすがに恋愛感情は抱いてはいないだろう。

あのひと、女好きだしな。

…じゃあ、なんで…。

ふと、昔、横浜港での別れ際、千雪にキスを送った自分を思い出す。

「…あれは…ユキがあんまり可愛くて、別れが寂しくて、思わずしちゃったんだけど…」
千雪の色白の可憐な貌が朱に染まった光景を、今でもありありと思い起こせる。
愛おしさも溢れてくる。

…ユキは大好きだけれど、恋愛の好きじゃない。
それでも、キスができたんだ。
恋愛感情がなくても、キスはできるのだ。
そう思うと、少し腑に落ちた。

「…あんな感じの、キスだったのかなあ…」

ぼんやり考えている狭霧の耳に、どす黒い怒りを含んだ地獄から聞こえるようなマレーのバリトンが響いた。

「サギリ。
旦那様への新聞を焦がすほどに、大切な考えごとなのかね…?」

狭霧ははっと我に還る。
辺りが煙に包まれ焦げ臭い。
慌ててアイロンを取り上げる。

「わあああ〜ッ!!」

…新聞は見事なまでにアイロン型に焼き付けられていた…。

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