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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第4章 Valet & Earl 〜従者と伯爵〜
「ここが君の部屋だ」
マレーに連れてこられたのは廊下突き当たりの奥の私室だった。
…広さは六畳くらいだろうか。
簡素な木製の寝台にクローゼット、ライティングデスクと椅子。
そして洗面台の前には小さな鏡がついていた。
華美ではないが、きちんと清掃が行き届き、清潔感が漂っている。

「…質素だと思っているかね?」
黙っている狭霧をマレーが横目で見遣る。

「…いいえ。
充分です。
…前の家もこんな…」
…和彦と暮らした粗末だけれど、愛に満ちていた家が脳裏に浮かび、慌てて振り払う。

「…どこでも、ありがたいです…」
ここ最近は宿無しの野良猫みたいな生活をしていたんだ。
それに比べたら、王宮みたいなものだ。

マレーはちらりと狭霧を見ると、フンと頷く。
そうして、クローゼットを開き、説明にかかる。
「着替えはこちらだ。
…旦那様から申し使っている。
君は着の身着のままのようだからな。
…今から着替えて…昼間はこのモーニング、夜は燕尾服だ。
従者の着る服は旦那様のお下がりと慣例で決まっているのだが…。
…いかんせん旦那様は着道楽でいらっしゃるから、お下がりがまだ新しく最先端のデザインなのだよ。
…ううむ…。
これでは使用人に見えないな…。
まるで青年貴族だ…」
狭霧に上質な仕立てのモーニングを当てて見せ、少し感心したように呟いた。

…マレーは、仕方ない…と、ぼやきながらもそう嫌な貌はしなかった。

「着替えたら、他の使用人たちを紹介しよう。
食堂に来なさい」


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